2017_04
23
(Sun)23:10

二泉映月

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桜(染井吉野)は散ってしまったけれど、
代わって花水木が街中に彩を添えています。
庭ではたいした手入れもしないのに、
芝桜・チューリップ・はなだいこん・躑躅・菫などが
忘れずに今年も咲きました。

春爛漫~花盛り
ペシミズムの私でも、花を愛でるといっとき心が休まります。

🎶春の小川は さらさら行くよ
川沿いの散歩道では、冬の間寒そうに泳いでいたカルガモちゃんも
今は気持ち良さそうです。
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『落花』の時期にふさわしいお気に入りの唐詩の言の葉があります。
初唐の劉希夷(りゅうきい)の「白頭を悲しむ翁に代わる」
年を重ねたせいか人生について想いがめぐります。
※長文の詩なので「漢詩」「読み下し文」は略し、
 「通釈」のみ追記に記します。


『年年歳歳 花相い似たり   
 歳歳年年 人同じからず』


【漢詩】      
古人無復洛城東        
今人還対落花風        
年年歳歳花相似        
歳歳年年人不同
 


【訳】
昔、洛陽城の桃の花を楽しんだ人達は既にこの世にいない。
今、我々が風に舞う落花を眺めている。

毎年美しい花は同じように咲くが、
この花を見る人々は毎年同じではありえない。


旧ブログのプロフにもした言の葉です。
語調の良さで有名な言葉です。
「昔、花を楽しんだ人たちは既に亡く、
今、私達が花が散る中を春風に吹かれている。」
再生を繰り返す自然と
歳月の経過と共に不可逆的に衰えてゆく人間存在との対比が秀悦

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そしてもう一つの言の葉
『洛陽の女児 顔色惜しむ』

【漢詩】
洛陽城東桃李花   
飛来飛去落誰家   
洛陽女児惜顔色   
行逢落花長嘆息
   

【訳】
洛陽城の東にある桃園の花びらが、
ひらひらと近くの家の屋根に落ちかかる。

いつまでも若さを保ちたいと願う洛陽の若い女性が、
花びらの落ちる情景を見てため息をついた。


今年花落顔色改   
明年花開復誰在   
巳見松柏摧為薪   
更聞桑田変成海 
  

今年花が落ちればそれだけ年をとり容貌も衰える。
来年花が咲いたとき誰が生きているだろうか。

歳月は速く過ぎる。見事な松柏が枯れて薪となり、
桑畑がいつしか海になることもある。



「洛陽の美少女は落花に出合いため息をつく。
 今年花が散ると共に容貌も衰え、
 来年花が咲いても誰が元気でいられようか。」

劉希夷の人生も壮絶です。
この詩を発表した翌年28歳で殺されてしまいます。
(この詩を発表前に聞いた宋之門(宮廷詩人)は、非常に気にいって詩を譲るよう頼んだが、劉希夷はこれを断った。怒った宋之問は下僕に彼を殺させたという説がある。(Wikipedia))
私も健康には自信があったのに発病し、
「一寸先は闇」 人のこの先はどうなるか、誰もわかりません。

そして二十三句に
宛轉蛾眉能幾時
須臾鶴髪亂如絲

「美女もあっという間に白髪になってしまう」とも。

落花に覚える無常感!


出典:中国名言集一日一言 井波律子 岩波書店


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お気に入りの中国歌曲 
【二泉映月】
太極拳クラブの48式の練習曲にしています。

「二泉映月」とは、
「二泉(無錫市の恵山の麓にある中国で二番目に美しいとされている湖の淵にある泉)に映る月」を表し、二胡曲の名曲中の名曲と言われます。
盲目の大道芸人阿炳(あーびん)が、
この名泉に映る月と、不遇な人生を思い出しながら作った曲であり、
聴く人を惹きつけ心を揺さぶる感動的な曲です。
阿炳も麻薬・自堕落な生活で31歳で失明すると言う壮絶な人生!
詳細は【悠々寛大】さんのブログで
 👉(リンク先)名曲はこうして生まれた



 
馬向華(マ・シアンホァ)
中国国立中央音楽学院講師
二胡コンクールで”常勝”
鋭い感覚と瀟洒(しょうしゃ)で優美、且つ爽やかな演奏スタイルで活躍


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「通釈」 
「中国を楽しく旅行する(術)」さんのHPから一部引用

洛陽城の東郊に咲き乱れる桃、李(すもも)の花が、風に吹かれてひらひらと舞ってどこに散って行くのか。
洛陽の乙女たちは容色のうつろいやすさを惜しみ、みちみち落花を眺めては長嘆息する。

今年春が過ぎて花が散れば、人の容色も改まる(それだけ衰える)。
来年春が来て花開くとき誰が(そのひとは)生きているだろうか。
常緑の松柏もくだかれて薪となり、青々とした桑畑がいつしか海になるとも聞く。

洛陽城の東で花の散るのを惜しんだ昔の人は二度と帰って来ない。
今の人もまた花を散らす風に向かい合っている。
年ごとに咲く花は変わらないが、年ごとに花見る人は変わって行く。

今を盛りの紅顔の若者にいう、どうかこの半ば死にかけている白髪の老人を憐れに思ってくれ。
この老人の白髪頭はまこと憐れむべきものだが、これでも昔は紅顔の美少年だったのだ。

王侯貴族の子女たちと花芳る樹の下に集まり、散る花の前で清らかに歌いたおやかに踊る。
(屋敷は)光録勲の錦を繰り広げたが如き池殿、大将軍の不老不死を願って神仙を描いた大邸宅もかくばかりか。                

しかし、いったん病に伏してからはもはや友人もなく、あの春の行楽はどこに行ってしまったのか。
見目麗しい時期がどれほど続くというのか。
たちまちにして女性の美しさは長くは続かない。
あっという間に乱れた糸のような白髪頭になってしまうのだ。

かつて歌舞を楽しんだところを見よ。
今はただだそがれ時に小鳥たちが悲しくさえずっているばかりではないか。

C.O.M.M.E.N.T

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2017/04/24 (Mon) 12:22 | # | | 編集 | 返信

二胡琴の美しい音色には心惹かれます。
日本に二胡琴を広めたのは「楊興新さん」だったかな?と記憶してます。
この方は若くして中国の人間国宝になったのですが、たまたま旅行中だった20歳年上の日本の女性に一目ぼれ。
後を追ってそのまま日本に永住したと言う経歴の持ち主です。結婚に至るまでもその後も、随分苦労されたらしいですよ。

2017/04/25 (Tue) 10:26 | sado jo #V8uOUIPU | URL | 編集 | 返信

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